インスタで「ヨロン島ファン」1万人

地域デジタルマーケティングのすすめ (14)

1990年代中頃から2010代前半までに生まれたいわゆる「Z世代」の若者たちに人気のSNS(交流サイト)「インスタグラム」。1万人という奄美でも最も多くのフォロワーを持つ観光系インスタグラマーが、与論島観光大使のジャッキーさんだ。「自分が何を発信したいか」ではない。ファンが島に対して本質的に何を求めているのかを常に考えているからこそ、彼らに「刺さる」写真や動画の投稿を続けていくことができ、さらにファンを集めることが可能になるという。

与論島観光を発信するジャッキーさんのインスタグラム。タイトルを入れ、美しい風景と共に女性など人物を見せると反応率が高くなるという

■島出身者としての恩返し

「昨日話していた人がもういない」―。東京の大手IT企業の営業部門で長く働くジャッキーさんが、与論島の観光情報をSNSで発信しようと思ったきっかけは、取引先企業の方の突然の死や同僚の大きな病気だった。サラリーマン人生も折り返し地点に近づいて自分の人生を振り返った。「いつまでも若くない。地元に恩返ししたい」と突き動かされるように当日からブログを開設して発信を始めていた。2019年3月のことだった。

「ヨロン島はどんな楽しみ方ができますか?」―。ジャッキーさんは10年ほど前から、同僚や友人たちから地元の与論島の観光について聞かれると、自分で調べてまとめた資料を渡していた。

単に島への行き方だけでない。「百合ケ浜」近くでのトイレやシャワーの場所やバス、レンタカーの利用方法などなど、「旅行者たちの行動を先読みした楽しみ方」を含めたまとめ情報をブログやSNSで展開した。一般的な観光サイトやガイドブックにはなかった情報で、「たまたま業界に隙間が空いていた」とジャッキーさん。

それから毎日最低5時間を費やして1日も休まずにインスタなどで発信し続けると、フォロワーも少しずつ増え始め、3年ほどたった2022年7月にはヨロン島観光協会から観光大使にも任命された。現在、与論島で検索すればほぼジャッキーさんのSNSにほぼたどり着くほど、同島観光の代名詞となった。「最初は素人だったがマーケティングを勉強し、ひたすらPDCA(計画・実行・評価・改善)を回し続けた結果だ」と言う。

■人を動かす心理「インサイト」

多くのフォロワーを集めるSNS発信には、旅行者自身も気づいていない、その人を動かしている隠れた心理「インサイト」を探ることが何よりも大切だとジャッキーさんは指摘する。

与論島を旅するのは、島の美しい景色の中のリゾート的なおしゃれさを体験したいからではない。都会にはない「島」という非日常の環境の中で、家庭や職場のゴタゴタや人間関係から解放され、疲れた自分を癒やすことが本当の旅行者の欲求だ。その場所は与論島でなくてもよいのかもしれないが、「ここにあなたを解放する与論島が、いい海があります」というメッセージ性をそっとSNSに込めている。これが彼らに「刺さる」。

さらに、ジャッキーさんのインスタでは、「どうしたら癒やされるか」という具体的な手段まで提案しているから、フォロワーたちは与論島へと自然と足を運びたくなるのだろう。

ジャッキーさんは春夏秋の年3回、それぞれ3組ずつ限定で与論島へのツアーを実施している。ジャッキーさんが島の穴場などを案内し、写真や動画も撮影してくれるもので、決して安くはないが、毎度2カ月ほど前に完売してしまう人気ぶりとなっている。

■ファンづくりが全て

ジャッキーさんのインスタから派生した事業はそれだけにとどまらない。与論島の仲間と一緒に、島の天然塩などを使ったオリジナル清涼飲料「ヨロンブルーサイダー」を開発した。

昨年までは新型コロナで与論島に来られない状態が続いていたため、「都会にいる1万人の与論ファンたちに島の美しいブルーを届けるにはどうしたらいいか」という問いかけからの着想だったと言う。ちょうど、与論島にはヨロンブルーを商品化したものも見当たらなかった。

インスタを通じて、商品の企画からパッケージ作成、商標登録など全ての過程をSNSで共有し、時にフォロワーから意見をもらいながら開発を進めた。フォロワーにあえて商品化の過程を見せていく「ストーリーマーケティング」と呼ばれる手法で、商品や店舗が完成した頃にはすっかりフォロワーも商品作りに参画した気持ちになっており、買って応援したくなるのだ。

発売から3カ月で島内外のコンビニや道の駅、ホテルなど12カ所から商品を店頭で扱ってもらうことになり、1665本売れた。

「あらゆる事業はファン化することが全て。ファンと事業者、インスタグラマーのみんなが幸せになるマーケティング手法だ」とジャッキーさんは話す。

最近も、東京都内でヨロンアイランドビーフなどを出す飲食店のマーケテイングをサポートした。また、フォロワーから島への移住についても相談を受けることも多くなり、移住問題にも取り組み始めている。

ジャッキーさんが「南国農業人」さんと、与論島の天然塩を材料にして共同開発した「ヨロンブルーサイダー」

■観光大使×離島マーケター

ジャッキーさんが勤めている大手企業でも、時に顧客目線から外れた製品が生み出され、営業に販売を押しつけられてきた。ジャッキーさんは「顧客が幸せにならないものは売らない」という姿勢は崩さなかったため、組織の中でいつもマイノリティーとしての意識があったという。

企業側の論理でモノ・サービスを売るのではなく、「一人一人としっかり向き合い、みんながウィン・ウィンとなる仕事に情熱を傾けたかったし、それを実現する『ジャッキー業』としての生き方が性に合っている」。

島の観光大使であり、SNSマーケターでもある人間は全国でもジャッキーさんが唯一。与論島だけでなく、離島専門のマーケターとして独立することで、人口減や税収減、売り上げ減などに苦しむ地域の再生に半生を捧げていきたいという熱い想(おも)いが高まっているという。

(吉沢健一、デジタルマーケティングコンサルタント)

※奄美の新聞社、南海日日新聞2023年7月19日付から転載

You May Also Like

More From Author

+ There are no comments

Add yours