地域デジタルマーケティングのすすめ⑬
少子高齢化と人口減少という奄美の地域課題に対し、それぞれ「移住」「空き家活用」という切り口で解決策を提供しているのが、株式会社ねりやかなや(龍郷町)とNPO法人あまみ空き家ラボ(知名町)だ。
■借りられない住宅
株式会社ねりやかなや代表の山腰眞澄さん(61)が、終の住処を探して夫婦で奄美大島を初めて訪れたのは2000年。東京など大都市との直行便があるにもかかわらず、沖縄と違い観光地として開発し尽くされていない島は魅力だった。でも当時、不動産会社を回っても「地元の保証人が必要」と言われ、地元に知り合いや血縁者がいなければ物件を借りられない状態だった。その後、何とか島に移住し、夫の急死をきっかけに2008年末に移住支援サイト「ねりやかなや」を立ち上げた。
NPO法人あまみ空き家ラボの佐藤理江さん(48)は大学生の頃、奄美に初来島してから「ハマり」、東京の会社で働きながらも足繁く通っていた。2010年、勤務先の会社が奄美群島への移住を促進するためのツアーの実施業務を行政から請け負う。現地からは山腰さんのねりやかなやがサポート。ツアーで移住希望者らに奄美各地を訪ねてもらうものの、入居できる住宅をほとんど案内できないという、移住支援にとって最大の壁にぶち当たった。
■家が動けば全て動く
ねりやかなやのウェブサイトでは、奄美への移住を考えている人向けに住宅や求人情報のほか、医療や子育て事情などを紹介している。このサイトのユーザー数は毎年20万人以上に上り、そのうち一定割合がリピートし、「住まい」などの移住に必要なページを閲覧していることから、全国の2万人以上が奄美群島に住みたいと考えているとみている。
ところが、これまでに移住してきたのは2000世帯ほどにとどまる。最大の障壁となっているのが住宅確保の難しさだ。
奄美大島の空き家は現在、およそ5軒に1軒にも及ぶとされる。不動産会社にとって放置された空き家は商品価値が低い。大家にとっては、低廉な家賃にもかかわらず荷物整理や修繕にお金がかかる。知らない人に貸すことへの不安などもあり、活用が進まなかった。
だが、「家が動けば全て動く」と佐藤さんは指摘する。NPO法人あまみ空き家ラボでは、NPO自らが大家から空き家を借り受け、権利関係を確認、リスクを整理した上で移住者や地域住民に転貸する「サブリース事業」を実施している。近年は地元でも口コミなどでサブリースが知られるようになり、年間100組ほどの問い合わせのうち3割近くは地元住民という。
■移住検討者が絞られる仕組み
だが、家が借りられたとしても、すべての人が幸せに暮らせるわけではない。それぞれの島、それぞれの地域、集落ごとに自然環境や集落の歴史のなかで生まれ受け継がれてきた生活習慣、行事などに特徴があり、その移住者が溶け込めるかどうかは地域との相性がある。
例えば、大手移住サイトなどをみて一度も来島せずに移住を決めようとする人々は、「奄美は合わないかもしれない」と山腰さん。彼らは生活費などのコスト面のほか、「自然の豊さ」「人の温かさ」という、全国の多くの地域が魅力として発信しているよく似た基準でしか奄美を見ていない。時々、牙をむく大自然の脅威の中で助け合いながら暮らす中で生まれた慣習を理解せず、「人付き合いが面倒など、ちょっとでも嫌なことがあると帰ってしまう」ケースが少なくないためだ。ねりやかなやでは、こうした移住検討者に対し、一部ネガティブな情報も含め、可能な限りリアルな島暮らしを伝えている。「夢のリゾートライフではなく、現実的な暮らしのイメージづくりをサポートしている」(山腰さん)。
NPO法人あまみ空き家ラボでは、サブリース事業のほか、数週間から数カ月単位で島での暮らしが体験できる住宅を龍郷町龍郷など2カ所に整備している。
NPOはこれらの活動をウェブサイトやSNSで発信しているが、物件情報などは有料会員向けのため検索サイトの上位には上がってこず、閲覧されにくい。「それでもNPOのサイトを探し出し、活動趣旨などをしっかり読んで連絡してくる移住希望者は、何度も奄美に通って地域住民や行政から情報収集するなど、行動力、情報収集能力が高い。奄美への思いも強い。こうした人々は移住後も地域になじみやすい傾向がある」と佐藤さん。
結果的に、「情報が探しにくくなっていることが、奄美に思いのある人たちが移住する」という、移住希望者をふるい分けするフィルターの役目を果たし、地域社会とのミスマッチの確率を低くしているのだ。
■地域が求める移住者との出会い
空き家が地域でただ放置されたままだと、何も生まない。ところが、「借りられるようになると、途端にその地域にさまざまな可能性が広がる」と佐藤さん。空き家が移住者と地域との出会いを生み出し、そして地域にも幸せの循環が自然発生していくのをみてきた。
世界自然遺産登録などの影響で投機的な取引が増えて土地の値段も高騰しつつあり、将来的には地域に根ざした持続的な移住ができなくなる新たな懸念も浮上している。「奄美の人や風土文化に共感してくれる、その島で生きていくことを楽しめる人たちにリーチし、サポートしていきたい」と山腰さんは話した。
(吉沢健一、デジタルマーケティングコンサルタント)
※奄美の新聞社、南海日日新聞2023年6月21日付から転載
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