伝統の「壁」破り世界へ

地域デジタルマーケティングのすすめ⑫

奄美黒糖焼酎は、長年にわたって地域経済を支えてきた伝統産業の一つだが、今、次世代の若いリーダーたちが引っ張る蔵元が商品の製造方法だけでなく、販売ルートや広告宣伝などのマーケティング、さらには地域との関わりも含めた「壁」を溶かそうとしている。ブランドとしての付加価値を高めた上で、SNS(交流サイト)などデジタル発信で国内外の消費市場に直接働き掛けるという、あえてマス(不特定多数)を狙わない地域産業の新たな形を模索している。

西平酒造の公式インスタグラム。焼酎の製造の様子のほか、物産展などイベント出展や各種メディアでの掲載などを伝えている

 ■業界に新風

「巴(ともえ)モワ」「ISLAND」「ましゅ」―。黒糖焼酎「加那(かな)」ブランドで知られる西平酒造(奄美市名瀬)がこの数年で発売していた新商品の数々だ。

「巴モア」は、奄美大島で一番標高が高い湯湾岳で115年ぶりに降雪が観測される異例の寒さとなった2016年、日本酒のように低温管理が必要な黄麹(きこうじ)を使って造られた。温暖な奄美では焼酎の製造には一般的に白麹(しろこうじ)や黒麹(くろこうじ)が使われるため、「奇跡の焼酎」として高価格帯で売り出した。そのフルーティーな香りとコクのある後味が、ストーリー性と相まって人気となっている。

西平せれな社長兼杜氏(35)は、「伝統をそのまま引き継ぐのは苦手だった」と言う。上京し音楽大学卒業後はバンド活動などをしていたが、家業である蔵元の苦境を聞いて2014年12月に奄美大島にUターン。ひとりの杜氏として8年間にわたり製造過程のほか経営も学び、21年10月に4代目として蔵元を引き継いだ。長年務めてくれた杜氏たちも定年退職し、若手たちに総入れ替えとなった時期と重なった。

「昔ながらのやり方が最善であるとは限らない。音楽バンドのようにこの新しいチームだからこそ造れる作品(焼酎)がある」。代替わりしてからは黒糖やコメなど原料も国内産に切り替えたほか、コメの蒸し方など各種製造方法にも挑戦するなどして数々の新商品を投入してきた。

 ■SNSで発信する理由

 「まんこい」で知られる弥生焼酎醸造所(奄美市名瀬)の川崎洋之代表(50)によると、奄美群島に26蔵ある黒糖焼酎ブランドだが、マーケティング観点から大きく3つに分類できるという。①「れんと」や「里の曙」「浜千鳥乃詩」などの全国のマス向けのメジャー銘柄②「長雲」や「朝日」など地酒を専門に扱う専門店でよく扱われる専門店銘柄、そして③「加那」や「まんこい」のようにマス向けでもなく専門店向けでもない中間的な位置付けの銘柄―。

最後の③中間的な位置付けの銘柄は、実情は苦しい。「全国各地の問屋を通じての販売というボリュームをさほど取りにも行っていないし、専門店でも扱ってもらえない」(川崎代表)ため、焼酎ブランドとして独自のマーケティングを模索する必要がある。

それが、西平酒造や弥生焼酎醸造所が問屋などの流通任せにせず、蔵元自らで商品の価値やストーリーを物産展やツイッターやウェブサイトなどデジタルメディアで発信し、「本当に取引したいという酒屋や飲食店、そして消費者と直接出会う努力をしていくこと」(西平社長)だった。「そうしないと売れないからしょうがなかった」(川崎代表)とも言う。

東京・池袋など全国各地で開かれる物産展や試飲会では、西平社長自らが4800人を超えるフォロワーを持つツイッターや1700人のフォロワーを持つインスタグラムなどで出展を告知する。来場者へお土産をプレゼントするなど工夫も凝らすと、試飲会に出展している蔵元の中で最多の集客となったこともあった。

■経済が地域循環する仕組みを

西平社長は「西平酒造がフィリピン産の黒糖などの海外産原料をメインで使っていることに対し、『品質が安定するから』と過去に説明していたのは、本当は販売価格を抑えるためのコスト低減が理由だった」と打ち明ける。4代目になってから黒糖などの原料を沖縄など国内産に変えているのは、付加価値の高いブランドに転換し、価値に見合った価格で販売していきたいという目標があるから。「作り手の思いを含めた焼酎のストーリーが消費者に伝われば宇宙一贅沢(★ぜいたく)な液体だということが分かってもらえるはず」と西平社長は話す。

将来的に目指しているのは「奄美の黒糖を100%使った焼酎を造る」ことだ。地元産の原料を使った適正価格の焼酎がもっと売れるようになれば、「奄美にお金が落ちる」という経済が地域に循環する仕組みを作っていくことができる。「黒糖焼酎で世界と奄美を繋げる」宣言をし、50年古酒の「ましゅ」を豪州など海外へ販売する取り組みも、その一環だ。

西平酒造4代目が、当初は周囲からとやかく言われながらも酒造業界の「壁を破る」ために突っ走ってきたことで、最近になって気づいたことがある。「紬業界など地域産業が抱える課題はほぼ一緒だ」ということ。後継者不足や売上減、ブランド認知不足などの課題が山積しており、紬業界の取り組みが焼酎業界にも生かせるし、その逆もある。

業界が抱える問題を隠して取り繕うのではなく、「正直にネガティブなことも含めて地域で発信し、共有していく」という、地域議論のあり方も変えようとしている。

弥生焼酎醸造所の川崎代表のツイッターはフォロワーが4950人。日常の出来事を含めた投稿が人気だ

(吉沢健一、デジタルマーケティングコンサルタント)

 ※奄美の新聞社、南海日日新聞2023年5月17日付から転載

 

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