動画がつむぐ地域のファン

地域デジタルマーケティングのすすめ⑨ 

企業が商品やサービスを消費者に直接売り込んでも、広告宣伝だと思われてなかなか売れない。一方、動画投稿サイト「ユーチューブ」などのSNS(インターネット交流サイト)で企業や人、イベントなどに集うファンづくりをしておけば、ファンを通じて商品が自然と売れ、市場が拡大していく。動画チェンネルのクリエーターとして7万人を超えるフォロワーを集めてきた経験を基に、動画を通じた地域のファンづくりを支援しているのが、株式会社E―ステージ(埼玉県川口市)代表の獅子目晃一さんだ。奄美の地方創生のために後半生を捧げたいとの熱い思いがそこにある。

昨年12月に大浜海浜公園で開催された「ティラノサウルスレースin奄美」。 獅子目さんが動画とS N Sプロモーション全般を担当した

 ■40年ぶりの奄美が転機に

 奄美大島は県立大島高校の教員だった父親の転勤で、幼少期の5年間を過ごした大切な場所だ。県立鶴丸高校を卒業し、東京大学で海洋学を専攻したのも、「自然あふれた奄美の原風景がずっと記憶にあったからだ」と話す。

 東京の大手芸能プロダクションで人気バンド、サザンオールスターズのマネジメントなどを経験した後、大学進学塾で15年間にわたり英語を教え、塾長としてカリキュラム作成や集客なども手がけた。

 人生の転機になったのは2018年、約40年ぶりに訪れた奄美大島だった。大島紬産業が下降気味であったり、商店街の規模も縮小していたりしているという話を聞き、何か力になれないかと考えた。サラリーマン時代に始めていたネコをテーマにしたユーチューブチャンネルの登録者は7万4000人、総再生回数は5千万回に達していた。「人生の後半、動画やSNSを通じたファンづくりのノウハウを、自分を育ててもらった奄美に還元していきたい」と思いを固め、翌年には脱サラ起業した。

 ■「何を」より「誰か」

 獅子目さんは「現在の動画の視聴者は、作られたテレビの世界を見飽きている」と指摘する。ユーザーでも気軽に発信できるSNSの普及で、作り手との垣根は低くなり、コンテンツも企業がお金をかけて完璧に作ったものより、ユーザー自身が生み出す自然なものが見られるようになった。

 地域の自治体や企業がSNSで商品発売やイベント開催などの「与えたい情報」を一方的に流しても、ユーザーの行動変容は起こせない。「相手(ユーザー)が欲しいもの(コンテンツ)なのかどうかを考え抜く」と獅子目さんは言う。自身も上手くいかないこともあるが、いろいろ試しながらニーズを探り当てていくという。

 さらには、ユーザーからしたら、「誰」がそれを言っているのかが重要で、「何」を言っているかというコンテンツの質はあまり問わない。無数に溢(★あふ)れるコンテンツの内容をユーザーそれぞれ選別することは難しく、SNS上で影響力のあるインフルエンサーなどに信頼を寄せ、言葉を信じる。その人を応援するために「投げ銭」と言われる寄付もする。SNS上でファンづくりが最も大切になっている背景でもある。

 ■「ティラノサウルスレース」

 獅子目さんは昨年12月、奄美市名瀬に行われた「ティラノサウルスレースin奄美」のプロモーション全般を担当した。大浜海浜公園で恐竜のぬいぐるみを着て駆けっこする奄美では初めてのイベントで、獅子目さんはユーチューブやツイッターなどSNSでの発信を担当。奄美の美しい風景の中でティラノサウルスが可愛(★かわい)らしく体操する姿などに注目が集まり、100体を超えるティラノサウルスが集結。島内の親子連れらのほか、島外や海外からも参加者があった。

 従来の島内イベントの多くは地理的な制約もあり、主に島内の住民を対象にしていた。これからは「こんなに面白いことを島でやっていると島外への発信も目的の一つにすべき。一人でも多く奄美に来るきっかけになってくれればと思う」

 奄美の今は良く見えるかもしれないが、このまま人口減少や経済縮小などが続いた「50年後の孫たちが暮らす島はどうなっているのか」という想像をしながら、目の前の大切な生活とともに、未来に向けた仕掛けや投資が必要だと強調する。

奄美大島の人気唄者、平田まりなさんのユーチューブチャンネル「まりな姉チャンネル~平田まりながお送りする奄美大島の島唄と文化~」

 ■奄美の人を世界へ

 獅子目さんが奄美のファンづくりのために、最も焦点を当てているのが、やはり人だ。唄者の平田まりなさんのユーチューブチャンネル「まりな姉チャンネル~平田まりながお送りする奄美大島の島唄と文化~」も、獅子目さんが動画づくりをサポートしている。

 平田さんは島内外のイベントに出演するだけでなく、名瀬の料理屋「吟亭」で子供たちにシマ唄や三線を教える活動を地道に続けている。自分を通じて奄美を国内外に発信しくと同時に、次の世代に島の文化を伝承していこうとする気持ちに心打たれたという。

 「地域と動画は相性が合う」と言う獅子目さんは、奄美をモデルにして動画による地域創生の形を作り出していくことに手応えを感じている。奄美の人々が互いに助け合う「ユイの精神」は、無償で与える「ギブの精神」と言ってもよいが、「この日本人らしく温かいギブの精神がSNS上にもあってもいい」との自論を持つ。誹謗中傷や偽情報が溢れるインターネット世界の中で、むしろユーザーはそれを求めるようになっているのではないかとさえ思うからだ。奄美の「ギブの精神」は、SNSやマーケティングでも地域の強みとなって、国内外に伝播していく。

 昨年6月に東京・渋谷の東急ホテルズで開かれた奄美の文化や食などが体験できるイベント「まるごと奄美」でも、獅子目さんがSNS発信を手伝った。「古き日本の良さが残っている奄美の文化と人。変わらないでいるためには、変わっていく必要もある」と獅子目さん。今年から海外向けに奄美を発信していくことのが目標と目を輝かせた。

(吉沢健一、デジタルマーケティングコンサルタント)

 ※奄美の新聞社、南海日日新聞2023年2月22日付から転載

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