奄美に生きる

地域デジタルマーケティングのすすめ(最終回)

「地域デジタルマーケティングのすすめ」と題して2022年5月から始まった本連載も最終回となった。奄美群島の魅力をデジタル発信する企業や個人などを多く取材させていただいたが、彼らに共通していたのは「奄美に生きる」ことの意味を探ろうとしていたことだ。そして「商業的な成功だけが、地域にとって必ずしも幸せではない」というマーケティングが目指すものとはまた別の視点があることを、筆者自身が学ばせてもらったことは大きな収穫となった。

取材の合間に奄美市朝仁海岸でくつろぐ連載筆者の吉沢=2023年7月

地域の価値を発信できるか

30年近く前の1995年のこと。信州・伊那谷生まれの私が東京の大学を卒業後、最初の就職先が奄美の地方新聞社だった。4年後には奄美を離れてしまったが、その後は中国で13年間を過ごし、デジタル技術の駆使で社会が高度化する様を垣間見て、同時に通信社系のデジタルメディアで記者・編集者としてその最先端の動向を伝えた。

自身の独立をきっかけに、デジタルマーケティングの分析手法で今の日本や地域のあり方を再定義するとどうなるだろうか?―という好奇心から奄美での取材を始めたのがこの連載だ。

2年間にわたって奄美各地で観光や物産、移住や空き家対策、地域教育などそれぞれの分野から地域づくりに活躍している企業や個人などにインタビューし、あらためて感じたのは、商業ベースのマーケティングには容易には組み込みにくい奄美の暮らしや自然文化、歴史の深さだった。

コミュニケーションを超えた世界

奄美の地域価値といえば、世界自然遺産登録などでより注目されるようになった自然環境と文化が共存する「環境文化」はそのひとつだ。自然と人が交わった環境があるというだけでない。前回の西村順二・甲南大学教授の指摘にもあったように、「大きいことはいいことだ」というこれまでの規模の経済では到底求められない、持続的(サスティナブル)な地域文化がそこにまだ存在することが価値の核心だと考えている。

地域社会の持続性というのは、自然や人の存在の「弱さ」を前提にしていると思う。「人間は弱い」「自然は儚(★はかな)い」という考え方があるからこそ、人と人は助け合い、自然を大切に利用し、共存し合う。こうした地域の社会思想は、「強大であれ」「儲けろ」「勝負に勝て」「コミュニケーションで秀でよう」という都市の競争社会の価値観とは真逆なのだ。ある意味、デジタルマーケティングが目指してきた効率的で効果的なコミュニケーション手法が通用しない世界が残っていることが、奄美の本質的な魅力だと個人的には思っている。

バランスの大切さ

SNSやウェブサイトは確かに、地域にいる人しか知らない習慣や出来事などの「暗黙知」を瞬間的に国内外に発信し、地理的はハンデを超えて多くの共感や仲間を集める魅力があるが、現代的な「面白さ」という拡散されやすい単純化された情報だけでは、こうした奄美の特異性や価値は十分には伝わりにくい。複雑な事は単純化してしまうと本質からずれてしまうため、複雑なまま話したほうが伝わるということは良くあること。

むしろ安易に奄美の地域価値をマーケティングの対象とはしたくない気持ちすらある。商業ベースの「売り買い」の対象としてしまうことで本来の地域の自然や暮らしそのものが損なわれてしまうという危惧もあるからだ。奄美の魅力発信やプロモーションはまだまだ十分ではないものの、一方でやりすぎてもいけない。その中間を探っていくバランスが重要なポイントになっていくだろうと思っている。

拮抗する平等と自由

だが奄美を含む全国の各地域では、欧米型のグローバリズムが目指す「自由」と、日本の伝統的なローカル社会が持つ「平等」という理念が拮抗(きっこう)している。

地域や集落社会が人々の平等を保とうとすれば、個人としての自由が奪われる。グローバリズムが目指す自由を企業や個人が追求すれば、地域社会から平等が失われる。地域社会でこの二つの異なる理念の拮抗点を融和させるのは、奄美の人々が持つ「やさしさ」なのだろうと思う。

奄美に取材に行く度、目立たず現場を下支えているやさしい人々がいることを知った。実は彼らこそが、こうした地域の矛盾点を地道に解消していくヒーローであり、本当の主役であると思っている。この連載は、そんな経済的な合理性だけでは割り切れない地域づくりの本質と、奄美に生きる人々の地域への想(おも)いを探ってきたものとなった。快くご協力していただいた皆さまに感謝申し上げます。

    ◇

連載を終えた2月からは南海日日新聞の東京通信員としても奄美関係の取材執筆をすることになりました。郷友会のほか、奄美各市町村の行政や団体など関東でのイベントや物産展などにもおじゃまします。これからも奄美のデジタルマーケティングにもかかわっていくことになりますので、どうぞよろしくお願いします。(おわり)

(吉沢健一、デジタルマーケティングコンサルタント)

※奄美の新聞社、南海日日新聞2024年2月24日付から転載

     

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