地域創生にマーケティング視点を

地域デジタルマーケティングのすすめ(19)

地域社会が縮減する時代に、地方創生の処方箋としてSNS(交流サイト)を使ったマーケティングの必要性を説いたのが、「マーケティングとSNSのミカタ~地方創生への処方箋」(中央経済社、2021年6月刊)の著者、西村順二・甲南大学経営学部経営学科教授だ。本連載のきっかけにもなった書籍でもある。2022年春から2年近くにわたった奄美での取材を基に、西村教授に改めてお話を伺った。

「マーケティングとSNSのミカタ~地方創生への処方箋」を手にする西村順二教授(神戸にて)

「規模の経済」からの転換

西村教授はまず、「地域創生には、マーケティング視点が欠かせない時代になった」と話す。マーケティングはもともと企業活動のためのもので、商品やサービスが消費者に受け入れられるような仕組みを構築すること。この知見を地域づくりにも生かして人や情報、カネを集め、地域のモノやサービスを消費者に訴求していけるという。

ただ、これまでのマーケティングが前提にしていたのは、「大きくなればなるほど良い」という「規模の経済」だ。大企業は全国規模で大量消費を促し、大量生産して市場を占有することが目的だった。

今は「果たしてそれでいいのか」と問われている。利益や効率性を優先する「規模の経済」の結果として、地球の気候変動や各国地域の社会・文化の喪失という私たちの未来を奪う危機が目の前で進行しているためだ。

MZ世代の社会的価値

「規模の経済」に代わって、若い世代たちを中心にライフスタイルとして重視するようになったのが、持続可能性(サスティナブル)だ。これは単なる一過性のトレンドではない。生まれた頃から右肩上がりの経済成長や大きな成功体験を持たない世代にとっては、彼・彼女らとその未来の世代の環境や生活を守ることができる企業や商品なのかどうかという「社会的な価値」の方が最も大切な価値基準で、彼らの自己実現とも深く結びついているという。

西村教授の教え子たちの就職活動における企業選びも同じで、企業規模や給与の高さではなく、中小企業であっても「社会的な価値」につながる仕事をしたいと希望する。価値観の地殻変動が進行していたのだ。

これまでの「全国規模」「大量生産」「画一性」という規模の経済では、彼らが求める社会的な価値を実現したライフスタイルの実現は難しい。むしろ「地域にある中小規模のマーケットや小回りの効く中小企業の方が対応しやすい」(西村教授)。

2025年以降には、彼らMZ世代(1980年~2010年頃までに生まれたミレニアル世代とZ世代を合わせた総称)が日本の労働人口(生産年齢人口)の半分を占めるようになる。企業や地域のプレイヤーたちは、この価値観の地殻変動をしっかり捉えて地域づくりや観光振興などのマーケティングをしていく必要があると強調する。

地域課題を再編集

日本各地にはそれぞれの地域資源があり、特徴的な文化や伝統がある。だが、そのまま単純に国内外に発信・提供すればいいのではなく、マーケティング視点でターゲットとなる彼らの価値観変化に合わせて「各地域の文化や歴史に基づいてその特徴や個性を掘り起こし、再発見して可視化し、再編集することが欠かせない」と西村教授は指摘する。

例えば、奄美だとしたら、そのまま自然の豊かさや文化を発信するだけではなく、「貴重な動植物たちが絶滅の危機に瀕しているので協力してください」「人口減で人手が足りなくなっているのでみんな来てください」といった一見すると地域のネガティブ面も、マーケティング視点では一つの重要なメッセージになり得るという。

「従来は隠していた地域の課題やネガティブ面も隠さないで、透明性を上げていくことで、社会的価値観を重視する若者たちなどとつながっていくこともできる」と西村教授は話す。さらには奄美での課題がプロトタイプとして他の地域とも課題を共有することもできることにもなるという。

SNSによる知識創造

西村教授は、こうした価値観変化が進む時代に、SNSはマーケティングを地域コミュニティーで実践する上で最も親和性が高いメディアだという。

SNSは、共感する価値観で結ばれたユーザーの塊を形成するため、情報の送り手と受け手という異なる二者間をつないで、その間を埋めることができる。マーケティング視点で言えば、企業と市場(ユーザー)の相互作用による「知識創造」ができることが重要だ。

奄美に宿泊した時に、海辺で見たこともないオレンジ色に輝く夕日を見て感動したことをSNSで発信したとする。こうしたガイドブックなどに載っていない、そこにいる人にしか知らない地域内や企業内部の情報は「暗黙知」とされるが、SNSの多数のユーザーに向かってこれが「形式知」に変化することで情報や知識が外へとにじみ出し、結果地域・企業とユーザー間での相互作用によるイノベーションが生まれていくのだ。

西村教授自身は、阪神・淡路大震災を経験し、神戸市東灘区の商店街の地方創生支援などにも携わってきた。「地域の課題に共感する人々とのつながりはいずれ地域固有の貴重な資源に変わっていく」と西村教授は話す。「地域に見合った適正規模の中で、持続可能な形で活性化をしていくこと、それも各地域が有する固有性や独自性に着目し、その価値を伝えていくこと」が新しい時代の肝となると話した。

(吉沢健一、デジタルマーケティングコンサルタント)

※奄美の新聞社、南海日日新聞2024年1月24日付から転載

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