「地域が生んだ映画」の感動力

地域デジタルマーケティングのすすめ(17)

奄美・加計呂麻島での暮らしや自然をSNSで発信し人気となっていた女性イラストレーター。彼女をカメラで撮影し、2021年にドキュメンタリー映画「夫とちょっと離れて島暮らし」として発表したのが、現在は奄美市名瀬に暮らす國武綾監督(36)だ。イラストレーター個人の姿を追っていたはずが、彼女の眼差(まなざ)しを通じて島で強かに生きる「大きな家族」を捉える作品になった。奄美を発信する狙いがあったわけではなく、逆に奄美の人々が映画を完成させ、全国各地での劇場公開につながり感動が伝播していった。

映画「夫とちょっと離れて島暮らし」の一場面。加計呂麻島・西阿室集落の人々との生活と別れが映し出された

自分を見失った都会暮らし

「自分はこれでいいんだっけ?」と感じていたという國武さん。故郷の広島県から上京してちょうど10年、俳優として映画などの作品づくりに携わっていた2019年のこと。仕事は入ってもこなしていくだけの日々に疑問を抱くようになり、自分の方向性も定まっていなかった。

そんな折、ラジオから流れてきたイキイキとした女性の声。それが、加計呂麻島で2年間半の期間限定の島暮らしをしていたイラストレーターのちゃずさんだった。ちょうど國武さんは映画監督をしている夫と奄美大島を旅行した直後。ちゃずさんを輝かせている奄美と、「そこにある何があるのかをもっと知りたい」と思った。

ちゃずさんの奄美生活も残り2カ月と知り、國武さんは思い立ってカメラを携えて奄美大島に飛び、加計呂麻島の西阿室集落に入ったのだ。

「大きな家族」に包まれて

ずっと撮影される側だったが國武さんだが、夢中になってカメラで集落でのちゃずさんの日常生活を追った。彼女は小学校の卒業式で子どもたちの成長に涙をし、引っ越しをする近所の家族との別れ、お年寄りの死にも向き合っていた。彼女が集落のお年寄りから子供たちまで一人一人と穏やかに結び付き、集落という「大きな家族」の一員になっている姿があった。

映画の中で、ちゃずさんは「ギュッとした心が解ける、ほぐれる」と話している。それは競争社会の中で凝り固まっていた価値観や、父親に対して持っていたわだかまりが、集落に抱かれながら溶かされていったことを象徴しているようでもあった。集落が映画の「舞台」となったのではなく、彼女の眼差しを通じて人を優しく包み込む集落という共同体が映画の「テーマ」となっているかのようでもあった。

島の人から「ありがとう」

実際、この映画は映像作品の中だけでは終わらなかった。西阿室集落での野外上映と奄美海洋展示会での試写を筆頭に、奄美市名瀬の映画館、シネマパニックなどで先行公開すると、地域の人々がたくさん観(み)に訪れてくれた。

「あれは○○兄の自転車だ」「ちゃずさん久しぶり?」―。スクリーンに映し出されるちゃずさんや集落の人物と対話するかのように、それぞれが声を掛けながら観賞していた。観客をも一緒になって映画を楽しむ姿があってこそ、映画という作品が完成し、成功した瞬間だった。

ある奄美の観客からは「ありがとう。お願いしますね」と言われた。この映画を広めてくださいという意味だったのか、奄美の人々の声援が全国各地で劇場公開する原動力にもなったという。

その後1年以上にわたる東京や大阪、沖縄、名古屋、広島、新潟、鹿児島など全国各地の映画館での公開でも同じ状況だった。思いかけず多くの奄美出身者や奄美ファンなどが劇場に足を運んでくれた。映画館に入る前は硬い顔をしていた人々も、観終わって帰る頃には、大切な人に再会したかのような穏やかな表情に変わっていたのだ。

生きる気力を失っていたある女性が、「これだけは観てほしい」と友人に勧められて劇場に足を運び、やはり生きようと思い直してくれた人もいたことを國武さんは知った。「必要な人に届いた」という実感があった。

全国各地の劇場での上映会には、奄美出身者や奄美ファンなどが大勢足を運び、一緒になって映画を楽しんだ(最前列左がちゃずさん、右が國武監督)

「まち守り」と映画

國武さんと同じ広島県出身の故・大林宣彦監督は、尾道市を舞台にした映画を多く作ったことで知られる。彼はあえて古びたそのままの街並みを映し出すことで、そのかけがいのない景色を開発から守ろうという「まち守り」の意味があったと語っている。故郷の知名度向上や地域振興は目的ではなかったという。

國武さんは「大それて奄美という地域を発信したかった、地域を守りたいという意図があったわけではないものの、大林監督のような提案には共感する」と前置きしながら、一方で「映画づくりを通じて奄美の人々の優しさに触れ、私自身も心が開いていくのが分かった。人にも自分にも優しくなりたいという個人的な思いで撮った映画だったからこそ、むしろ奄美という地域とそこに暮らす人の魅力を伝えられたのかもしれない」と話す。

何よりも國武さん自身が島に助けられ、この映画によって生かされているという思いがある。「ありがとう」と島の人に言われた言葉をそのまま、また島の人々に自分ができることでお返ししたいと思っていると話す。

奄美市名瀬出身の役者、岡遼平さん(31)が主宰する舞台「おかのかお」が今月24~26日に同市名瀬の「MA・YASCO(マヤスコ)」で初めて開催される。國武さんもゲスト出演する。奄美に生かされ、奄美に暮らす國武さんの映画、舞台、俳優などの表現活動は新たな流れを生み出していっている。

(吉沢健一、デジタルマーケティングコンサルタント)

※奄美の新聞社、南海日日新聞2023年11月22日付から転載

夫とちょっと離れて島暮らし

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