地域デジタルマーケティングのすすめ(16)
奄美大島と徳之島などが2021年7月に世界自然遺産に登録されたが、他の登録地にない特徴は何と言っても「環境文化」だ。アマミノクロウサギなど固有の動植物が生息する自然環境に人々の生活圏が交差し、一体となって切り離せない。奄美市名瀬の新元一文さん(53)が主宰する「ムルフィールゼミナール」は、奄美を形成したこうした環境文化の中にこそ、人が人らしく生きるための知恵があると説く。奄美の伝統文化を現代社会でも楽しみやすい形に変え、SNSなどデジタル発信も駆使ながら、その意味を後世に伝えていこうとしている。
■「島だからこそ」
「本当にカルチャーショックだった」――。生まれも育ちも奄美市(当時名瀬市)生まれで、市役所の職員だった新元さんが20代半ばの1996年から6年間暮らした場所が、宇検村田検地区だ。海、山という身近な自然を敬い、「豊年祭」など伝統文化とともに生きるシマ(集落)の人々に出会った。宇検村振興育英財団が94年に発行した地誌「なぎ物語」で、焼内湾に暮らす人々を「いつまでも自然が生き自然に生かされて、人間が心豊かに生きることのできるシマ社会」だとする文章を読み、島出身ながら初めて島の本質を知ったような衝撃だった。
この感動を、地域文化を忘れつつある名瀬に向けて発信しようと、アマチュアの音楽バンド「サーモン&ガーリック」を結成し、シマ唄をアレンジしたポップソングにして歌った。地域を歌うバンドの珍しさが注目され、全国ロックファンの祭典である「フジロックフェスティバル」の大舞台にも立った。
奄美はそれまでずっと内地と比較し、「島でもできる」ようになることを目標にしてきた。ところが、「島でしか」できないもの、「島だからこそ」できるものがいっぱいあることに、新元さん自身が宇検村で気づかされたのだ。
■「消費される地域」に疑問
新元さんは市役所時代、主に観光や産業振興の部署で働いた。「観光客が見たい奄美の姿と、地域住民が求める奄美のあるべき姿にズレが生じているのではないか。むやみに観光客を呼んだとしても、島の人が喜ぶのだろうか」という疑問が生じるようになっていた。
奄美は、少子高齢化・人口減少という大きな課題がある。地域を健全に維持していくためには、地域で共に暮らす人がもっと必要だ。「旅行商品」として消費されてしまう奄美ではなく、本来地域にある魅力や特徴を住民とともに再発掘し、発信していく。そこに共感してくれる人を呼び、ファンを作っていく方がよいという考え方になっていった。それも、宇検村などの人々が教えてくれたことだ。
■「付属の余興」で はなく
そんな折、2016年に奄美群島が国立公園に指定され、21年には世界自然遺産に登録された。国内外から注目されて喜ばしいことのように思えたが、住民たちと地域の課題に長く向き合ってきた新元さんの目には少し違って映った。
自然を体験するエコツアーも盛んになり、学校などでも希少な動植物など環境学習の学びの機会が多くはなった。観光客が山や海に行った後、集落での「八月踊り」や豊年祭などの行事に参加する機会もあるが、「付属の余興」のように扱われているようでもあった。消費される地域文化の側面が気になるようになっていた。
「悔しかった」と新元さんは当時の素直な感情を吐露する。地域の人々の生き方、自然との向き合い方が凝縮された文化の意味合いが置いてけぼりになっているように感じたからだった。
そこで新元さんは21年春、28年間勤めた市役所を辞め、「ムルフィールゼミナール」を展開する一般社団法人巡めぐる恵めぐる(奄美市名瀬)を設立した。
■シマ唄の本当の楽しさ
ムルフィールゼミナールとして最初に取り掛かったのが、シマ唄だ。奄美大島から全国にメジャーデビューする唄者も出た影響もあり、教室で習う地元の子供たちは一時期増えた。だが、「大会で良い成績を取ることが目的となってしまい、自分の想いを相手に伝える手段だったことが忘れられている」と新元さんは指摘する。
学校などに出向き、子供たちに身近な出来事で感じたことを標準語でシマ唄を即興で作ってもらった。方言の「島口」ではなく標準語で歌ってもらっているのは、シマ唄の「楽しさ」をまず体験してもらうことを優先しているためだ。「昔の知恵を今の暮らしにアップデートする」と常々話しているのは、伝統文化の形は時代によって変化するが、その価値は変わらないという認識が根底にある。
宇検村がまとめた向こう10年間の観光基本計画の策定にも受託事業者として参画。地域の潜在的な魅力を発信し、居住人口の増加につなげようという目標を打ち出せた。
来年は、奄美大島と九州本土とをオンラインで遠隔でつなぎ、島出身の若者たちを対象にしたシマ唄教室を開く計画だ。やはりここでも、本来のシマ唄の楽しさを伝え、自然と生きた奄美の伝統文化の価値を知ってもらうことが狙いだ。
(吉沢健一、デジタルマーケティングコンサルタント)
※奄美の新聞社、南海日日新聞2023年10月18日付から転載
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