地域デジタルマーケティングのすすめ(15)
世界最大のSNS(交流サイト)であるFacebook(フェイスブック)での発信を通じて、日本に住むベトナム人向けにタンカンや奄美プラム(スモモ)など奄美の特産果物を毎年、数十㌧という規模で販売しているのが、奄美市名瀬に暮らすベトナム人の2人だ。日本に47万人いるとされるベトナム人たちが故郷を思い出す果物の数々が奄美にあることを知り、SNSで接点のなかった両者をつなげたことが新たな商機を生み出した。
奄美果物の美味しさに驚き
ベトナム人の2人は、奄美情報処理専門学校の卒業生であるリンさん(グェン・トゥイ・リン)=(32)=とナムさん(グェン・チョン・ナム)=(31)=だ。日本の会社に就職する夢を持ってリンさんは2019年、ナムさんは前年の18年にそれぞれ初来日し、奄美市名瀬にあった日本語学校に入学した。
リンさんはまだ日本での生活に慣れない日本語学校時代、初めて奄美のタンカンやスモモを食べた時の驚きは忘れないという。その濃い甘さは、「ベトナムの故郷の果物と似ているだけでなく、もっと美味(★おい)しい」と感じたからだ。
日本全国には今や、学生や技能実習生、企業での就労者などベトナム人は約50万人もいるとされる。中国人の74万人に次ぐ多さ。在日ベトナム人の場合は18~25歳ぐらいまでの若年層がほとんどだ。
「彼らは故郷を思い出させてくれる奄美の果物を気に入るに違いない」と思い立ち、店舗で購入したタンカンなどを知り合いのベトナム人に送ってみると、口コミで評判が広がり、「僕も、私も欲しい」と注文が殺到した。
日本での果物は値段が高く、「嗜好品」「贅沢(ぜいたく)品」に近い商品だが、ベトナムでは季節になれば日常的に食べられている。現地でスモモはキロ当たり100円程度と気軽に手に入る。そもそも果物の食べ方が違う。
「見た目より味」の外国人消費者
「奄美の果物がベトナム人など在日外国人向けに売れる」と手応えを得た2人は奄美情報処理専門学校の学生時代、奄美市名瀬小浜町に法人、リン奄美株式会社を設立。2022年3月に専門学校を卒業すると、名瀬中央青果市場でのセリにも参加できるようになった。
2季目となったリンさんたちの今春のタンカンの集荷量は40㌧にも上った。このうちセリで33㌧、農家から直接の仕入れが7㌧。
スモモの集荷量は30㌧で、このうちセリで7㌧、農家からが23㌧。売り先が本土にいる奄美出身者や観光客向け市場がメインだった奄美農業に、「在日外国人向けという新たな市場が突然開いた形だ」と農業関係者に衝撃を与えている。
リンさんたちの買い付けの特徴は、タンカンやスモモなど果実の大きさや見た目などで決まる等級にかかわらず、「まとめて1㌔当たりいくら」で買っていることだ。例えば、タンカンは実が小さいC級はキロ10円程度と安くなる(毎日単価は変動する)が、これも含めてB級の200円に近い約150円という単価でリンさんたちは購入した。
こうした仕入れができる背景には、「ベトナム人消費者が果物の見た目はさほどこだわらず、味を重視していることがある」とナムさんは説明する。表面の皮に多少色が付き、実が小さくても、味が良ければそれ相当の価格で売れるという。
フェイスブックのリンさんの会社のアカウントは6500人の在日ベトナム人を中心とした外国人フォロワーとつながっている。収穫の時期になると、集荷の様子などを写真や動画で撮影して掲載、注文を促す。注文のメッセージはベトナム語で一斉に来てかなり多忙となるため、ベトナムにいる家族などにも受け付け作業を手伝ってもらっているという。
農業の担い手不足に「隙間」
さらにリンさんたちは、農家から直接買う場合は「山買い」をしている。ここでも等級にかかわらず「キロいくら」で果樹園の果物の多くを買い取るから、農家の売り上げが増える。
場合によってはリンさんとナムさん自身が果樹園まで赴き、収穫する作業も手伝う。高齢者がほとんどで、人手もなく収穫すらままならない農家にとっては、願ったり叶(かな)ったり。「奄美農業の救世主」(奄美在来種研究所長・叶芳和氏)とも言われる所以(ゆえん)だ。
リンさんたちは昨年から、奄美市名瀬小湊に耕作放棄されていた1町歩(1㌶)の畑を整備するなどしてパパイア200本、グアバ(バンシロウ)、シークワーサーのほか、パクチーやミントなどの栽培を始めた。
これらの亜熱帯の果物たちも日本で暮らすベトナム人やインドネシア人、タイ人など東南アジア出身の人々にはそれぞれの故郷で馴染(なじ)み深いものばかり。「特に九州など本土で作れなくなる冬場に外国人向けに高く売れる」(ナムさん)という。
「外国人だから信用がなく、畑をなかなか借りられないなど多くの苦労があったが、専門学校の校長先生や地元のおばちゃん、おじちゃんなどたくさんの方が手助けしてくれたおかげ」とリンさんは笑顔で話す。
リンさんたちの将来的な大きな目標は、さらに在日外国人向けに売り上げを増やすだけではない。奄美群島各地からもっと農産物を仕入れ、特産の美味しい果物をベトナムなど海外にも販売していくことだ。所得水準が上昇しつつある東南アジア各国では、輸入品の高い果物も買われるようになっており、狙わない手はないという。
在日外国人向けという日本人には思いもよらなかった新しい流通市場の開拓で、従来の奄美農業の形すらも変えつつあるリンさんたち。変化していく市場と新しい農業の形を受け入れ、取り込んでいく時代になっているのかもしれない。
(吉沢健一、デジタルマーケティングコンサルタント)
※奄美の新聞社、南海日日新聞2023年8月16日付から転載
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