農業の島から「物産」で発信

地域デジタルマーケティングのすすめ⑧

 世界自然遺産登録などで世間の注目を浴びている奄美大島や徳之島などと比べると沖永良部島はまだ知られていない。テッポウユリなどの花き類やジャガイモ、コーヒーなどの農産物生産が盛んな、奄美群島内でも突出した「農業の島」だ。規格外で大量に廃棄されてしまうジャガイモなどを使ったヒット商品「板じゃが」など、自社独自の農産物加工による物産の開発・販売によって同島の魅力を発信しているのが、物産処「てぃだ」、物産ブランド「島の恵み工房 沖永良部」を運営している合同会社TSUMUGU(和泊町)の前田勇治代表(41)だ。「農産物×物産」による島の発信の可能性と課題を探った。

物産ブランド「島の恵み工房 沖永良部」は、ヒットした「板じゃが」や「かりんとう」など島の農産物を活用した自社商品が多い

 ■廃棄されるジャガイモ

 「島の恵みのポタージュスープ」は、前田さんが島の農産物を材料にして独自開発した最初の加工品だ。島内産のジャガイモ「春のささやき」をベースに、島内産の純黒糖と塩で仕上げた。

 ジャガイモは小さかったり、いびつだったりするだけで規格外と判断されて極端に安くなってしまうほか、表皮にかさぶたができて見た目が悪くなる「そうか病」になったものは流通に乗せられない。島内のジャガイモの年産量約2500㌧のうち、60㌧ほども規格外品になっているという。前田さんは「皮をむけばおいしさは全く同じ。もったいない。何かに使えないか」と考えた。

 沖永良部高校卒業後は大阪のホテル専門学校で学び、就職してバーテンダーの修行をして24歳でUターンし、和泊町内でバーを開業した。バーでお客さんに提供するために試作したのが、ポタージュスープ。和泊町の特産品開発への補助事業を活用して商品化したことが、本格的な物産との出合いとなった。

 ■島の農産物をベースに

 「沖永良部島は、農産物生産そのもので生活が成り立っていたため、手がかかる物産加工品をやる必要はないという考えが強く、この分野はまだ未成熟。それであれば僕が地元の農産物を使った物産をコーディネートする役割を果たして新たな形で島をアピールしていきたい」と決心した。

 バーテンダーは、さまざまな種類の酒(リキュール)を混ぜて一つのカクテルを作る。島にはハチミツやマンゴー、ニンニク、キクラゲ、ハーブなどの素材が豊富で、物産としてのその組み合わせの数は無限だ。「ものを作るのが何よりも好き。パッと思いついたらすぐに作ってしまう」という性分だから、前田さんは町の食品加工施設や県外の加工業者への委託生産(OEM)を利用するなどして島の農産物をベースにした物産を次々と形にしていった。

 島のジャガイモを使った「板じゃが」と「かりんとう」は同社の代表的なヒット商品となった。大阪や福岡、鹿児島などでの物産展でも毎度売り切れ、ふるさと納税でも人気の返礼品となっている。画像共有アプリのインスタグラムなどでも盛んに発信している。

 ■自社開発する理由

 だが、物産には課題も多い。まず利益が出にくいことだ。仕入れた商品は、島では卸値からおよそ2~3割を掛けた販売価格で売るのが一般的。これより高く売れば、別の店舗に顧客が流れるし、安ければ利益が少なくなる。たとえ卸値の3割掛けでの販売価格であっても、店舗家賃や人件費などを差し引くと、残る利益は薄くなる。

 商品を他社から仕入れるのではなく、合同会社TSUMUGUが実践しているように自社開発・販売であれば、販売価格も自由に設定でき利幅も増える。会社として成り立たせやすくなる。

 さらに物産の大きな課題は、「売れる商品」を開発することは簡単ではないことだ。島外と島外で売れ筋の商品は大きく異なるし、都会の百貨店、商業施設、路面店などの販売チャネルによっても異なる。商業施設だと安めの商品でも売れるが、富裕層顧客が多い百貨店だと、ブランド力のない安めの商品は売れにくい。

 同社が各地で開かれる物産展に積極的に出店しているのは、商品の売れ筋が分かるし、さまざまな顧客の声を聞くことができるからだ。こうして地道に商品開発や改良を重ねることで、「島外に出していける商品が増えれば、沖永良部島をもっと発信できるようになる」と前田さんは話す。

和泊商店街の旧土産屋を改装して2020年秋に開業した物産処「てぃだ」。知名町にも今年1月に2店目をオープン

 ■地元密着が生む商品

 一番の物産の壁は、「どこで売っていくか」という販売ルートの確保・拡大だ。合同会社TSUMUGU一社のみで頑張ってみても、島のブランド力向上や販売量拡大には限界もあるが、沖永良部島全体や奄美群島内の島々や事業者が連携して物産を開発しブランド化すれば、より大手販売業者などと取り引きする可能性も出てくる。

 「一つの島で勝負しても難しい時代。作れるものも限られる。物産の世界でも奄美ブランドを作っていかないと」と前田さん。

 だが、今後も売れる物産を生み出していくには、地元密着は欠かせない。「現地にいて農産物の生産者たちや商店街などとのつながりがあるからこそ、商品のアイデアも浮かぶ」ためだ。

「農業の島」だった沖永良部島は近年、鍾乳洞ケービングやダイビングなど観光にも力を入れ始めているが、「観光と物産は切っても切り離すことができない」と指摘する前田さん。観光プログラムの充実だけでなく、飲食店や地元商店街などとの連携、さらには物産を含めて島全体をトータルで観光の受け皿として整備していく必要があると言う。

 「物産の可能性を信じている」と言う前田さんは締めくくりに、「物産を通じて島を世界に出していけるようになるのが夢」と話した。

(吉沢健一、デジタルマーケティングコンサルタント)

 ※奄美の新聞社、南海日日新聞2023年1月25日付から転載

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